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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)2378号 判決

大阪府東大阪市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

氏家都子

山﨑俊彦

東京都中央区〈以下省略〉

(送達場所)大阪府東大阪市〈以下省略〉

被告

山一證券株式会社

右代表者代表取締役

奈良県香芝市〈以下省略〉

被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

吉田清悟

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して、四九一万三三三七円及び内金四四一万三三三七円に対する平成八年六月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、連帯して、一二一三万三三四三円及びこれに対する平成四年一二月二六日(後記ワラントの最終購入日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告山一證券株式会社(以下「被告会社」という)は、原告に対し、三一六五万七二九六円及びこれに対する平成四年一二月二六日(前同)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  事案の要旨

本件は、原告が、

1  被告会社の従業員が証券取引によって得る手数料を被告会社のために稼ぐ目的で、別紙普通取引表及び信用取引表記載のとおり、不当に頻繁な取引を原告にさせた結果、損害を被ったとして、被告会社に対し、不法行為責任に基づき、損害及び弁護士費用の支払を求め、さらに、

2  被告会社の従業員である被告Y1(以下「被告Y1」という)の勧誘により、被告会社から別紙売買ワラント一覧表記載のワラントを購入したが、右ワラントの価格が激減し、購入額又は購入額と売却額の差額金に相当する金額の損害を被ったとして、被告Y1に対しては、説明義務違反などを理由とする不法行為責任に基づき、また、被告会社に対しては、共同不法行為責任、使用者責任若しくは債務不履行責任に基づき、損害及び弁護士費用の支払を求めている事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、被告会社との間で、昭和五九年三月一九日から、別紙普通取引表記載のとおり(但し、別紙売買ワラント一覧表記載のものを除く)の証券普通取引(以下「本件普通取引」という)を行った。

2  原告は、被告会社との間で、同年六月七日から、別紙信用取引表記載のとおりの証券信用取引(以下「本件信用取引」といい、本件普通取引と併せて「本件証券取引」という)を行った。

3  被告Y1は、被告会社の従業員であり、被告会社東大阪支店(以下「東大阪支店」という)に勤務中の平成元年六月二〇日から同五年一月一九日までの間、原告担当の営業員であった。

4  原告は、被告Y1の勧誘により、被告会社との間で、平成二年七月一八日から同四年一二月二一日までの間、別紙売買ワラント一覧表記載のとおりのワラントの売買取引(以下「本件ワラント取引」という)を行った。

三  本件証券取引(本件普通取引及び本件信用取引)について(原告の主張)

1  本件普通取引及び本件信用取引の経過

(一) 原告は、昭和五九年三月一九日のキリンビール株(五〇〇〇株)の買付を皮切りとして、被告会社との間で本件普通取引をするようになったが、右買付までは証券取引を経験したことはなかった。

(二) 原告は、昭和五九年六月七日の国際電信電話株(三〇〇株)の取引を皮切りとして、被告会社との間で本件信用取引をするようになったが、右信用取引を開始するに当たって、被告会社から特に信用取引の危険性等についての説明を受けなかった。

(三) 原告は、酒小売店を営む自営業者であるところ、証券投資について特に研究する時間も機会もなく、投資の対象銘柄、購入額、購入時期、売却時期等について被告会社の従業員に勧められるままに証券取引を行った。

2  本件証券取引における違法性

(一) 適合性の原則違反

① 証券会社ないしその営業員が顧客に対し証券取引を勧誘するに当たっては、顧客の財産状態や経験その他の事情に適合した取引となるように配慮しなければならない(適合性の原則)。

② 原告は、前記のとおり、被告会社との間で本件証券取引をするまでは、証券取引の経験がなかった。

③ 被告会社がした取引の勧誘は、別紙普通取引表及び信用取引表記載のとおり、頻繁に銘柄を変えて取引を行わせたものであって、不当に手数料を稼ぐ等、顧客の資金、能力、性格を無視した勧誘であり、違法性がある。

④ 被告会社の勧誘行為は、行政当局の通達に違反する行為である。

(二) 過当取引の違法性

① 売買回転率

イ 売買回転率とは、一年間に資本を何回転させたかという指標のことであるが、その計算方法は、毎月末の保有証券残高を一二か月で平均し、それを年間平均投資額として、年間証券購入額を除した数字が年間売買回転率となる。

ロ 本件普通取引の売買回転率は、昭和五九年において二八・一倍、同六〇年において一九倍に達している。また、本件信用取引の売買回転率は、昭和五九年において一四・九倍、同六〇年において一七・一倍、同六一年において一五・二倍に達している。

ハ このような売買回転率からすれば、本件の一連の取引が短期の頻繁な乗換によって行われていたことが明らかである。これは、原告の意思や利益を無視し、被告会社の利益を図って、手数料稼ぎのために行われたものであって、被告会社の行為は、違法性がある。

② 短期間の売却

イ 昭和五九年においては普通取引は二七回行われているが、このうち原告が一か月以上の間株式を保有していたのは二回だけであり(但し、一部のみを一か月以上保有したものは含まない)、購入した翌日に売却されたものが七回、購入後二日目から一〇日目までの間に売却されたものが九回というように、半分以上が一〇日以内に売却されている。

ロ これは、被告会社による手数料稼ぎのためにされたものであって、建玉日数の少なさという点からも本件取引の客殺し性が明らかであり、違法である。

③ 被告会社の口座支配性

前記のとおり、原告は、証券取引の経験は全くなかったが、被告会社と取引を開始してまもなく、別紙普通取引表及び信用取引表記載のとおり頻繁な取引をさせられている。これらの頻繁な取引の多くが原告の主導で行われたはずがなく、その意味で被告会社による口座支配性があった。

④ 被告会社の手数料稼ぎ

被告会社は、原告が被告会社との間で取引を開始した昭和五九年から平成四年までの間に、二七二二万五〇一三円の手数料を得ている。同金額は、原告が証券取引によって被った損失三五九四万四二三九円(ワラント取引によって生じた損失の一部を含む)の約七五・七パーセントに上っている。

(三) 以上のように、被告会社の従業員は、被告会社の手数料稼ぎのために、不当かつ頻繁な取引を原告にさせたものであるが、これは、原告に対する不法行為を構成するので、被告会社には、損害賠償責任がある。

3  損害

(一) 原告は、本件普通取引によって別紙普通取引表記載のとおり一八七三万二四二八円の損失を被った。また、本件信用取引によって別紙信用取引表記載のとおり一七二一万一八一一円の損失を被った。但し、本件普通取引による損失中にはワラント取引による損失七一五万六九四三円が含まれているので、この損失を証券取引の損失からは控除する。そうすると、本件証券取引による損失は、合計二八七八万七二九六円となる。

(二) 右損失の一割弱の二八七万円を弁護士費用として加算すると、損害合計は、三一六五万七二九六円となる。

四  過当取引による損害賠償請求権についての消滅時効(被告会社の主張)

1  原告は、平成元年九月には、相手方が被告会社であること並びに取引回数が過大であること及び損害の発生を知っていた。したがって、原告主張の過当取引による損害賠償請求権は、平成元年九月から三年以上を経過した平成七年九月二五日には、既に時効消滅している。

2  被告会社は、平成七年一〇月二三日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

五  本件ワラント取引について(原告の主張)

1  本件ワラント取引の経過

(一) 原告は、本件証券取引(本件普通取引及び本件信用取引)によって、平成二年ころには、三〇〇〇万円以上の損害を被っていた。そこで、原告は、同年七月ころ、東大阪支店を訪れ、支店長及び被告Y1に対し、「三〇〇〇万円もの損が出ているのはどういうことか。何とかしてほしい。」と申し入れた。これに対し、被告Y1らは、「株の損失を取り戻すにはてっとり早いワラントというものがあります。今はワラントがいい。値上がりが大きく儲かる。」旨を述べて、ワラントの購入を勧めた。

(二) 原告は、ワラントという言葉を聞くのはこのときが初めてであった。そして、被告Y1らは、原告に対し、「ワラントは、有利な商品であり、株に連動して上がり下がりする」旨の説明をしたが、ワラントの危険性、すなわち、ワラントの仕組み、値動きが大きいこと、権利行使期間が過ぎれば権利が消滅することなどの説明はしなかった。また、被告Y1らは、原告に対し、ワラントについての説明書や資料の類いを交付しなかった。原告は、右の説明によって、ワラントの価格が株価と関係しているらしい程度のことは理解したが、株と比較して値動きがどのように変動するかについては全く理解することができなかった。

(三) 原告は、被告Y1の勧誘により、ワラントの性質等について理解しないまま、別紙売買ワラント一覧表記載のとおり、ワラントを購入した。これらのワラントの銘柄、時期、数量、値段などは、すべて被告Y1からの電話による指示によるものであり、原告は、被告Y1の指示どおり購入するだけであった。また、原告は、同一覧表記載のとおり、ワラントを売却したことがあるが、それも被告Y1の指示に従っただけである。

(四) 原告は、被告Y1から、「下がっているから、もう少し待ってほしい」という報告を何度か受けただけで、特に正確な価格の報告等を受けていなかった。そして、原告は、平成五年初めころ、被告会社から本件ワラントの権利行使期間の告知書や評価額の報告書の送付を受けたが、それらの内容をよく理解できなかった。

2  本件ワラント取引の違法性

(一) 販売自体の違法性

ワラントは、周知性がなく、商品の内容、仕組みが複雑、難解で、投機性が強く、権利行使期間があるなど危険性が高いものであるから、このような危険性の高いワラントを素人の個人投資家に販売すること自体が違法である。

(二) 適合性の原則違反

原告は、その投資知識、経験、能力、資金のすべての面からみて、ワラント取引をするについての適合性を有しているとはいえず、被告会社の勧誘行為は、適合性の原則に違反するものであり、違法性を有する。

(三) 説明義務違反

被告Y1らは、原告に対し、ワラントの内容、仕組みや危険性などについて概略すら説明しておらず、説明書、資料なども一切交付していないので、被告らの勧誘は、説明義務に違反し、違法性を有する。

(四) 断定的判断の提供

被告Y1らは、原告に対し、「株の損失を取り戻すには手っとり早い。儲かる」などと言って勧誘し、ワラントの危険性を隠蔽して株より確実に利益が上がり損失を補填できるものと誤信させたものであって、これは、断定的判断の提供に該当し、違法である。

(五) 価格報告義務違反

被告Y1は、原告に対し、ワラントの購入後はワラント価格について適宜報告する旨を約束した。ところが、被告Y1は、右約束に反し、ワラント価格について、適宜の報告をしなかった。原告は、ワラントの暴落時に、被告Y1から十分な価格報告がされないことを知っていれば、本件ワラントを購入していなかった。

(六) 以上によれば、被告らには、次の責任がある。

① 被告Y1の不法行為責任

被告Y1の違法な勧誘等は、不法行為に該当する。

② 被告会社の共同不法行為責任、使用者責任、債務不履行責任

イ 被告会社は、被告Y1に対し、ワラントについて特に危険性を顧客に周知させるような指導をせず、むしろワラントを有利なものとして積極的に顧客に売りさばくような指導をしていたもので、これは原告に対する共同不法行為に該当する。

ロ 被告Y1は、被告会社の従業員であるから、被告会社は、原告に対し、使用者責任を負う。

ハ 被告会社には、債務不履行責任がある。

3  損害

(一) 原告は、本件ワラント取引によって、一一〇三万三三四三円の損害を被った。

(二) 右損害の一割弱の一一〇万円を弁護士費用として加算すると、損害合計は、一二一三万三三四三円となる。

六  主たる争点

1  本件証券取引の違法性の有無

2  本件証券取引が違法な場合の損害額

3  消滅時効の成否

4  本件ワラント取引の違法性の有無

5  本件ワラント取引が違法な場合の損害額

第三判断

一  本件証券取引(本件普通取引及び本件信用取引)の経緯等について

前記「争いのない事実」、証拠(甲四七、乙三一の1ないし3、四二、証人B、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告(昭和七年○月○日生)は、中学卒業後、一七年間酒屋に勤めた後、昭和三七年から酒小売店を自ら経営している。原告の現在の年収は約五〇〇万円であり、時価四〇〇〇万円の不動産を所有している。

原告は、本件証券取引を始めるまでは、株式等の証券取引の経験はなかったが、友人に被告会社を紹介され、被告会社において昭和五九年三月一九日にキリンビール株(五〇〇〇株)の買付をし、これを皮切りとして、被告会社との間で本件普通取引を行うようになった。なお、当時、原告との取引を担当していた被告会社の従業員は、B(以下「B」という)であった。その後、原告は、被告会社との間で別紙普通取引一覧表記載のとおり(但し、別紙売買ワラント一覧表に記載されている取引は除く)の取引を行った。ところで、証券取引を行うに当たっての原告の主たる意向は、短期売買によって利益を上げることにあった。

2  Bは、昭和五九年六月ころ、原告に対し、国際電信電話株の買い増しを勧めたが、原告は、資金がないことを理由にこれを断った。そこで、Bは、原告に対し、証券の信用取引を勧めた。この時点においては、原告は、信用取引についての知識をほとんど有していなかった。Bは、右勧誘の際、信用取引についての概略を説明するとともに、小さな資金で大きな取引ができるものである旨の説明及び信用取引は現物株の三倍の量で売買できる取引である旨の説明をした。

3  原告は、Bの右説明を聞いた上で、信用取引を行うことにした。そこで、Bは、原告に対し、「信用取引のしおり」(乙三一の2。以下「本件しおり」という)を交付した。本件しおりには、信用取引についての説明の記載及び「信用取引を有効に利用するためには、株式投資に対するかなりの知識と経験や仕組みに対する十分な理解が必要です。また、ご自身の判断と責任において売買することが大切です。」との旨の記載がされていた。その際、原告は、信用取引口座開設申込書及び信用取引口座設定約諾書に自ら署名押印をした。そして、原告は、昭和五九年六月七日の国際電信電話株(三〇〇株)の取引を皮切りとして、被告会社との間で、本件信用取引を行うようになった。その後、原告は、被告会社との間で、別紙信用取引一覧表記載のとおりの取引を行った。ところで、本件証券取引は、東大阪支店の店頭で行われたこともあったが、ほとんどの取引は電話でされた。

4  原告は、初めて購入したキリンビール株については、自ら銘柄を指定したが、その後の証券取引においては、Bの勧誘に従って購入する銘柄を決めた。また、株式の売却について原告が積極的にBに注文を出したことはなかった。もっとも、Bが原告に対し、株価が下がったため株式を売却するようにと勧めたところ、原告は、株価の戻りを待ちたい旨の自らの意見を述べてBの勧めに従わなかったこともあった。なお、Bが原告に無断で証券取引を行ったことはなかった。

5  原告は、本件証券取引をしていた際、自己のした取引に損失が生じていたこと及びその損失額を知っていた。原告が損失の発生を知りながら損失が大きくなる前に取引を止めなかったのは、損した金をその後の取引で取り戻したかったからである。

6  原告は、結局、本件普通取引により一一五七万五四八五円の損失を被り、本件信用取引により一七二一万一八一一円の損失を被った(右の合計は、二八七八万七二九六円である)。

二  争点1(本件証券取引の違法性の有無)について

1  (適合性の原則に違反するか否か)

(一) 前記「争いのない事実」、証拠(甲二ないし四、八)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

行政当局の通達では、「投資者に対する投資勧誘に際しては、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるよう十分配慮すること。特に、証券投資に関する知識、経験が不十分な投資者及び資力の乏しい投資者に対する投資勧誘については、より一層慎重を期すること」、「特に信用取引については、投資者の有価証券投資に関する知識、経験及び資力に関し、現金取引の場合よりも厳しい基準を設け、慎重を期すること。」が決められている。また、日本証券業協会では、投資者の意向、投資経験及び資力等に最も適合した投資が行われるように証券会社による投資者の勧誘について公正慣習規則を定め、種々の規制を行っている。

(二) しかし、これらの規制等は、公法上の取締法規又は営業準則としての性質を有するにすぎないものであるから、証券会社の顧客に対する投資勧誘等がこれらの定めに違背したからといって、直ちに私法上違法と評価されるものではない。もっとも、証券会社の一般投資家に対する取引の勧誘が、当該投資家の財産状態、投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘したものである場合は、当該取引の危険性の程度、その他当該取引がされた具体的事情如何によっては、当該勧誘が私法上違法と評価されることもありうる。

(三) そこで、本件証券取引について検討する。前記認定のとおり、原告は昭和五九年三月に被告会社との間で本件取引を行うまでは証券取引を行ったことがないこと及び原告は本件信用取引を開始した当時、信用取引についての知識をほとんど有していなかったことが認められる。

しかし、前記及び後記の認定のとおり、原告は、酒小売店を自ら経営する昭和七年生まれの男性であり(本件証券取引を開始した昭和五九年当時は五一、二歳の分別盛りの年齢である)、それ相当の資産を有している者であることが窺えること、原告は、利益を得ようとして被告会社の従業員の意見に従ってきたきらいはあるものの、必ずしも常に右従業員の言うままになるという人物ではなく、自ら判断し、決定する能力を備えていること、本件信用取引を始める前に原告がBから交付を受けた本件しおりには、信用取引についての説明の記載及び「信用取引を有効に利用するためには、株式投資に対するかなりの知識と経験や仕組みに対する十分な理解が必要です。また、ご自身の判断と責任において売買することが大切です。」との旨の記載がされていたこと及びその際、原告は、信用取引口座開設申込書及び信用取引口座設定約諾書に自ら署名押印をしたことが認められる。

これらに照らすと、酒小売店の経営者である原告は、その年齢相応の人生経験と常識及び相当の資産を有していたものといえるし、少しばかりの注意を払えば、信用取引を含む本件証券取引によって場合により多額の損失を被るおそれがあるとのことも十分知り得たはずであり、また、その能力を有していたものと考えられる。

(四) そうとすれば、被告会社の従業員による本件証券取引の勧誘が、私法上違法とまではいえないと解するのが相当である。したがって、適合性の原則に違反するとの原告の主張には、採用することができない。

2  (過当取引であるか否か)

(一) 証券取引の特質に鑑みれば、証券会社の従業員は、顧客に証券取引の勧誘をするに当たっては、当該投資家の投資目的、財産状態及び投資経験等に照らして明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘するなどして、社会的に相当性を欠く手段又は方法によって不当に当該取引への投資を勧誘することを回避すべき注意義務があり、証券会社の従業員がこれに違背したときは、当該取引における投資目的、財産状態、投資経験、その他当該取引がなされた具体的事情如何によっては、証券会社の従業員のした行為が私法上違法と評価されることもありうる。

(二) そこで、本件証券取引について検討する。まず、売買回転率ないし頻繁な取引という点についてであるが、投資目的、相場の動向などによっては頻繁に取引をすることも許容されるのであって、単に頻繁に取引が行われたというだけで違法と評価することはできない。原告主張の売買回転率も頻繁に取引が行われたか否かを示す一つの指標とはなりえても、単にその数値だけを見て頻繁にされた取引が違法であるということはできない。

ところで、前記「争いのない事実」及び前記認定事実によれば、本件証券取引については被告会社の従業員の勧誘ないし助言、指導に依存することが多かったことが窺えるし、また、短期間で売却されている株式が多く、頻繁に取引が行われていたことが認められる。

しかし、被告会社の従業員に原告を欺罔する意図があったとのことは、本件全証拠によっても認めることはできない。また、次に述べる理由から、被告会社の従業員が意図的に又は無謀に原告の利益を無視して本件証券取引を行わせていたものと認めることはできない。

すなわち、証拠(証人B)によれば、Bは、原告が短期間で利益を上げるという投資意向を有しているとの認識を有しており、したがって、株価が上昇して利益が生じた場合には、株価の下落の可能性を考えて株式を売却することにより利益を確定させ、他方、株価が下落した場合には、株式を売却して損失の拡大を防止するという方法で原告の投資意向に沿うべく取引をしていたことが認められる。そして、前記「争いのない事実」及び証拠(甲四八、乙四二)によれば、国際電信電話株の信用取引において、原告は、昭和五九年一〇月三一日に購入した株式をその二日後である同年一一月二日に売却して利益を得たこと、株価が上昇基調にあることから、同日に株式を購入し、さらに株価が上昇した同月七日に売却して利益を得たこと、同月一二日に株式を購入し、その三日後の同月一五日に売却して利益を得たことが認められる。これに対し、同月六日に購入した株式を三五日後である同年一二月一一日に売却したが、このときは損失が生じたこと、同年一一月一五日及び一六日に購入した株式を四一日又は四〇日後である同年一二月二六日に売却したが、このときも損失が生じたことが認められる。このように二日ないし五日後に売却した株式で利益を得ながら、三五日ないし四一日後に売却した株式で損失を被っていることからしても、短期間で売買を行ったという事実から、直ちにBが意図的に又は無謀に原告の利益を無視して取引を行わせたということはできない。

なお、原告は、途中で売り買いをしなければ、その売り買いに必要な手数料を無駄に支払うことがなかったと主張する。しかし、株価は時々刻々と変化するのであるから、その変化の状況に応じて株式を売却あるいは購入することは当然であるから、たとえ結果的に手数料が無駄であるかのようにみえたとしても、そのことが顧客の利益を意図的に又は無謀に無視したということにはならない。また、原告は、昭和五九年一二月五日に富山化学工業株を購入し、同月七日に同株式を売却し、さらに同月一一日に同株式を購入している(前記「争いのない事実」及び弁論の全趣旨)。このように、同銘柄の株式の売買を繰り返し行っているものの、前記「争いのない事実」及び証拠(乙三六、証人B)によれば、同月五日の購入時の株価は七八三円ないし七八四円であったところ、同月七日には八一九円にまで急騰したため売却して利益を確定し、その後、同月一一日には株価が同月五日の買値である七八三円となったため、再度買付をしたことが認められる。このような経過からすれば、同銘柄の株式を短期間に繰り返し売り買いしたという事実から直ちに、Bが意図的に又は無謀に原告の利益を無視して取引を行ったということはできない。

(三) そうとすれば、本件証券取引が頻繁にされたことをもって違法であると評価することはできない。また、本件全証拠によるも、被告会社に原告主張のような口座支配性及び手数料稼ぎの違法な行為があったとは認められない。

したがって、過当取引の違法性があるとの原告の主張は、採用することができない。

3  そうすると、本件証券取引が違法であることを前提として不法行為に基づき、被告会社に対し、損害賠償を求める原告の請求は、その余の点(争点2、3)について判断するまでもなく、理由がない。

三  争点4(本件ワラント取引の違法性の有無)について

1  本件ワラント取引の経緯等について

前記「争いのない事実」、証拠(乙一の1、六の1ないし3、一八ないし二〇の1、二一ないし二二の2、二五の1、2、原告本人、被告Y1)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件ワラント取引に至る経緯

原告は、本件証券取引(本件普通取引及び本件信用取引)によって約三〇〇〇万円位の多大な損失を被ったため、被告会社に対し抗議をした。平成元年六月、東大阪支店長の指名により被告Y1が原告担当の営業員となった。支店長は、右の指名を行う際、被告Y1に対し、原告は被告会社が損をかけた顧客である旨を告げた。被告Y1は、自分が支店長から指名されたのは、右支店の投資相談課において安全な証券を取り扱っていたことから、これまでに証券取引で損失を被った原告との間で今後は安全な取引をするためであると考えた。そこで、被告Y1は、原告に対し、転換社債の新発ものを中心に勧誘し、原告は、被告会社との間で、転換社債を中心とした取引を行った。その理由は、当時、転換社債の新発ものに比較的有利であり安全性が高い証券と考えられていたからであった。それ以後、原告は、被告Y1が転換社債の売却又は購入を勧めた際、これを断ったことはなかった。また、被告Y1は、原告担当の営業員となった後、原告から、原告が農協から一五〇〇万円を借り入れ、それを資金として証券取引をしているという話を聞いた。

(二) 本件ワラント取引の勧誘

被告Y1は、平成二年七月一七日、東大阪支店において、支店長同席のもとに、原告に対し、ワラントの取引を勧誘した。右勧誘の際、被告Y1は、ワラントについての概括的な説明はしたものの、プレミアム、乖離及び外貨建ワラントの特徴についての説明をしなかった。原告は、右の説明を受けた際、被告Y1に対し、「儲かるのか」ということだけを尋ね、他に質問をしなかったし、ワラントについての知識を有していなかった、被告Y1は、右説明の後、原告に対し、日本証券業協会の作成した「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」及び「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」を渡した(以下、これらを併せて単に「説明書」という)。原告は、「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「確認書」という)に自ら署名押印をした。右確認書には、前記説明書の内容を確認し、自己の判断と責任において国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引を行う旨の記載があった。右説明書には、ワラントのリスクと売買の仕組みについての説明が比較的分かりやすく記載されていたが、被告Y1は、ワラントについての説明を行う際に右説明書を用いなかったし、また、他にワラントについて記載された資料も用いなかった。なお、被告Y1は、原告にとってワラントの取引は初めての経験であること及び原告はワラントの知識を有していないとのことを認識していた。

(三) 本件ワラント取引とその後の経緯

原告は、被告会社との間で、平成二年七月から別紙売買ワラント一覧表記載のとおり本件ワラント取引を行った。原告は、右取引を行うに当たって、ワラントの銘柄、数量、その購入時期及び売却時期、あるいはどの転換社債を売って資金を作るかなどの購入資金の手立てについて、被告Y1の指示に従った。そして、原告が購入したワラントは、そのうち売却された富士通と川崎重工のワラントを除いて、権利行使期間が経過し無価値となった。

(四) ワラントの危険性の説明の程度

被告Y1は、原告に対し、ワラントが権利行使期間を過ぎると無価値になること、すなわち、投資資金の全額を失う危険性があることについて十分な説明をしていなかった。原告は、被告Y1がワラントの取引を勧誘した際に、「儲かるのか」という質問をしたが、被告Y1は「相場の流れとしてはよくなるんじゃなかろうか」というような話をしただけで、損失を被る可能性には全く言及をしなかった。被告Y1は、原告にワラントの取引を勧誘したころ、ワラントを通常取り扱う部署に配属されていたわけではなく、ワラントの売却の経験も五回位しかなかった。そして、被告Y1は、被告会社でワラントについての講習を受けたが、右講習において、顧客に説明しなければならない事項についての指導を受けていないし、右講習以外にワラントについて説明すべき事項について被告会社から指示を受けていなかった。被告Y1は、顧客に説明する要点については独自で判断していた。

結局、被告Y1は、原告にワラントの取引を勧誘する際、ワラントの危険性について十分な説明をしていなかった。

2  ワラントの特質と危険性

証拠(甲一の1、五、八、乙六の2、3、二七、二八、四三)によれば、次の事実が認められる。

ワラント(新株引受権証券)とは、ある会社の株式を一定の期間(権利行使期間)内に一定の価格(権利行使価格)で一定数の新株を引き受ける権利を表象した証券のことである。ワラントの価格は、理論的には、当該ワラントの発行会社の株価から権利行使価格を控除した額によって定まることになるはずである(このワラント証券の理論的価格はパリティーといわれる)。しかし、現実のワラントの価格は、将来における株価の上昇を期待して、パリティー以上の期待価格(プレミアム)が付加された価格となる。その価格は、原則としては株価と連動して動くが、その変動率は株式に比べて大きく、ワラントの売買は、株式の売買と比較して、高い投資効率を上げ、利益を上げることが可能であるが、他方、値下がりも激しく投資資金の全額を失う危険性も大きい。そして、ワラント取引において利益を得るためには、ワラント自体を購入価格以上の価格で売却するか、実勢株価が権利行使価格を超えて十分に高い水準になったときに新株引受権を行使して新株を取得したうえ、これを売却するかのいずれかの方法によることになるが、購入後のワラント価格や実勢株価の推移によっては、右の利益を得るための方法を取ることができず、権利行使期間内に実勢株価の十分な回復が期待できない場合には、ワラント自体を購入価格以下の価格で売却(いわゆる損切り)するなどして、損失の拡大の防止に努めるほかなくなることがある。さらに、権利行使期間内に実勢株価が再び権利行使価格を超えることがないことが確実になると、その権利行使期間の終了を待つことなくワラントは無価値になる。また、権利行使期間が過ぎると新株引受権は消滅し、ワラントは無価値になる。このように、ワラントは、株式の現物取引を行う場合に比べて、同額の資金でより多額の利益を得ることができる性質を有すると同時に、投資資金の全額を失う可能性が多大であるという性質をも併有している。

ところで、ワラントのように値動きが激しく一定期間を過ぎると権利が消滅する形の証券は、我が国においては昭和六〇年ころまで存在せず、また、平成二年ころにはワラントの存在やその特質、危険性が一般には周知されていなかった。

3  本件ワラント取引の勧誘の違法性

(一) そこで、前記「争いのない事実」及び前記認定事実に基づき、本件ワラント取引について検討する。

被告Y1は、原告にワラントの取引を勧誘する当時、原告が本件証券取引によって多額の損失を被っていたことを認識していたし、原告があまり主体的に判断して証券取引を行う顧客ではないことも認識していたこと、原告はワラントについての知識を有しておらず、被告Y1もそのことを認識していたこと及び平成二年ころはワラントの存在やその特質及びその危険性が一般には周知されていなかったこと等を併せ考えると、ワラント取引の担当営業員たる被告Y1は、原告に対し、少なくとも、ワラント価格は同銘柄の株価と比べ値動きが激しいこと、ワラントには権利行使期間が定められていて、期間を経過すると権利が消滅して投資資金の全額を失う危険があることについて、具体的に原告が理解できるような説明をすべき義務があったというべきである。

ところが、前記認定事実によれば、被告Y1は、原告に対し、ワラントについて具体的に原告が理解できるような必要にして十分な説明をしていなかったことが明らかである。

(二) そうとすれば、被告Y1の原告に対する本件ワラント取引の勧誘には、必要な情報の提供を欠いた説明義務違反の違法があったと認めるのが相当であり、被告Y1には、この点について過失責任があるといえる。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告Y1は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償責任を免れないというべきである。

(三) 前記認定事実によれば、被告Y1が被告会社の従業員であること(争いがない)及び被告Y1のした原告に対する勧誘行為等は、被告会社の事業の執行としてされたことが認められる。したがって、被告会社は、被告Y1の使用者として民法七一五条一項本文の責任を免れないというべきである。

四  争点5(本件ワラント取引による損害額)等について

1  損害額

証拠(乙一の1ないし6、二ないし四の各1ないし4、五の1ないし3、九ないし一七の各1、2)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件ワラント取引によって一一〇三万三三四三円の損失を被ったことが認められる。

2  過失相殺

(一) 原告は、ワラントが株式と異なる性質をもっていることについては認識していたものの、それ以上にワラントの特質ないしワラント取引に関して詳細に知ろうともせず(原告本人の供述及び弁論の全趣旨)、被告Y1から勧誘されるや即座に本件ワラント取引を開始して、その後多数の取引を繰り返しており、そのこと自体、後で生じた損失との関係で原告に落ち度が認められる。とりわけ、本件ワラント取引の勧誘がされるまでに本件証券取引によって多額の損失を被った上、転換社債の購入のために一五〇〇万円の借り入れをしているという財産状態のもとで、自らはワラントについて何らの研究をすることなく、被告Y1に勧められるままにワラントの購入を決めたということは極めて軽率であったといわざるを得ない。また、前記認定のとおり、本件ワラント取引の開始の際には、原告は説明書の交付を受けており、同書面には、ワラントのリスク、特にワラントは期限付の商品であって、権利行使期間が終了したときに、その価値を失うという性質をもつ証券であることが明記されているのであるから、原告においてわずかの注意と努力をしていさえすれば、ワラントの危険性を不完全ながらも認識しえたというべきである。ところが、原告は、ワラントの危険性に言及した書類にさえ全く注意を払うことなく、被告Y1から勧誘されるまま安易に取引に応じたということができるから、原告にも、損害発生について少なからず落ち度があるというべきである。

(二) そこで、原告の前記のような落ち度のほか本件に現れた諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の本件ワラント取引による損害額の六割を減ずるのが相当である。

そうすると、原告が損害賠償として支払を受けるべき損害額は、前記1の金員一一〇三万三三四三円の四割に相当する四四一万三三三七円(円未満切り捨て)となる。

3  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであるところ、本件事案の内容、請求認容額等の諸般の事情を考慮すると、原告が被告らに対し損害賠償として求め得る弁護士費用は、五〇万円が相当であると認められる。これに前記2(二)末尾の四四一万三三三七円を加算すると、合計四九一万三三三七円となる。

4  附帯請求の起算日

附帯請求の起算日は、不法行為の場合その損害発生日というべきところ、本件ワラント取引においては、本件各銘柄のワラントのうち、権利行使期間の最も遅い株式会社神戸製鋼所の権利行使期間である平成八年六月一二日(乙四の三、一六の一)の経過により損害額が確定したものというべきであるから、同月一三日を附帯請求の起算日と認めるのが相当である。

五  以上によれば、原告の本訴請求は、前記四3末尾の四九一万三三三七円及びこれから弁護士費用五〇万円を除いた四四一万三三三七円に対する平成八年六月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で(主文第一項記載の限度で)理由があるから、これを認容し、その余は、理由がないから、これを棄却すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 中田昭孝)

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